本当はみんなあげたがっている?喜びを感じるのは貰うより与える方が実は大きい

本当はみんなあげたがっている?喜びを感じるのは貰うより与える方が実は大きい

最近野菜を買っていない。田舎暮らしのすごい所はここにあって、野菜を買わなくても貰い物で十分になってしまう。先週から食べきれないほどの茄子の消費のため、毎日毎日茄子ばかり、幸い私は茄子が大好きなのでうれしいのですが。最近野菜をくれるおばあさんと話しをしてふと感じた事です。

 

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田舎暮らしのいい所、新鮮野菜に事欠かない

うちは祖母が畑で野菜を作っていたからいつも採れたばかりの新鮮でおいしい野菜を食べて育った。小さいときはよく畑に一緒に行ってトマトなどはその場でもぎって食べていた。

そんな祖母が他界してからは、母と父が少しやっている程度だが、経験が浅いためなかなか収穫が少ない。近所の人達にコツを聞きながらがんばってはいるのだが、やはり経験がまだ浅いのだろう。

それを知ってるからだろうか、ご近所から野菜のおすそ分け量がハンパないのです。

田舎の近所付き合いは都会の人はきっと面倒臭がるだろう、けれど大きな恩恵がある。

 

ここは宮城ですが震災の時は、うちも近所も炊き出しや避難所に行かずとも食べるものには一切困らなかったと言っていました。

 

暑く収穫が増える夏場はとにかく野菜が近所からどんどんまわってくる。とても食べきれないとおすそ分けしてくれるのだ!特にキュウリやナスなどは小さい方がおいしく、大きくなってしまったナスは生では食べれない。

日本にいると野菜中心食な私にはなんとも嬉しい。しかも朝採ってきたばかりのものを持って来てくれるから、どれもみずみずしくて、本当においしい!もしくは漬物にしてもって来てくれたり、本当にありがたいのです。

 

食べきれない大量のナス

先週だったか、散歩をしていたら近所のおばちゃんに声をかけられた。

「ナスが大きくなりすぎて、食べきれないからとりさおいで」と。

かごをもって行くと、こんなに大量のナスをいただいた。大きいからナス揚げやナス炒りにするとおいしいからと。

 

 

これだけの量を2日で食べきった。(もちろん一人ではないが)

ナスは料理にたくさん使えますもんね(って食べすき?)

 

すると、貰ってから5日後くらいに家に電話がきて、またたくさんあるから取りにおいでと言われたから、遠慮なくまた行った(笑)(もちろんお礼を持参で)

すると前回の3倍はあるだろうナスが!!さすがに食べきれないからこんなに貰えない、悪いよ~と言うと、「どうせ捨てるんだから、食べなかったら捨てな」と言われ持たされる・・・。せっせと食べていたら、また数日後電話が来て、またナスを取りにおいでという。

 

断るのも悪いので、また取りに行ってきた今日。

今度はナス、トマト、おばあさんが作った昆布の煮付けに、家でお茶までご馳走になってしまった・・・。

2度目に貰いに行ったときに、私はナスが好きなもんで、

「おいしくてすぐになくなっちゃった~」なーんて言ったからだろうか。実際そうだったし。

でもお茶を飲みながら、

おいしいと食べてもらえるとうれしくて・・・と言っていた。

 

 

お年寄りはあげたがっているのでは?

最近近場であった詐欺事件を人伝いに聞いたのですが、

息子から電話で携帯や財布をすべてなくして、何もなくなったからお金を貸してくれと電話を受けた90過ぎになるおじいさんがなんと、息子の友人と名乗る人に手渡しでまず50万、さらに次の日に950万の合計1千万を手渡したそうなのだ。そもそも1千万もの現金となると結構な重さになると思うのだが・・・手渡しなんて本当なのだろうか?

それにしてもこれほど騒がれているのになくならない詐欺事件、それほどの現金をすぐに用意できる行動力がすごいというか、腹が据わってるというか・・・詐欺する方もお金を持っている人をターゲットにしているのだろうが・・・。

 

詐欺する方があきらかに悪いし、許されないと思います。しかしこうなると詐欺される側にも少々落ち度はあるが、本当はあげたいと思っているのではないか?だから詐欺事件もなくならないのではないかとすら思えてくる。

 

もちろんあげたい相手は詐欺師ではないが。

 

 

与える事で得られる、必要な存在になれる喜び

今日おばあさんと茶のみの後、かごいっぱいのナスと袋を腕に2つもさげて、せっせこ歩いて帰ってくる道でふと思った事が、おばあさんの表情がね、初めて貰った日よりもっと笑って、明るい感じがするなと思って。あげたがっているというのはおかしいかもしれないけれど、あげる事によって喜びを感じているなと感じたのです。

人に自分のできる事を与えられるという事、必要とされる事で存在価値を高め結果喜びを感じる

 

特に定年退職後、仕事もなく、社会とのかかわりも少なくなってくると自分が必要とされる機会が減りますよね。そんな中で誰かが自分を頼って必要としてくれると、より一倍助けたいと思い、頼りにされた事への喜びもあってつい、あまり確認もせずお金をあげてしまうのかもしれないなと思うのです。

しかしそんな想いをうまく利用している詐欺はますます許せませんね。

けれどこれは高齢者だけとは限らず、みんながそうで、人に貰うよりは実は与える方が実は喜びは大きくて、お金を貰うために仕事をしていますが、自分のやった事が認められたり、感謝されるとよりやる気がでるというか、お金に変えられない嬉しさを感じるものですよね。

もしこの世からお金という概念がなくなったら、対価としてお金を貰わなくても生きていけるとなったら、今度は皆が与えるという事の喜びの方にフォーカスしていき、与えるために喜んでもらう為に仕事をし、結果今より争いが減るもしくはなくなるんじゃないかなと思う。

 

 「奪い合えば足りず、分け合えば余る」という言葉もある通り、人々の意識が『奪う』ことから『与える』ことへとスイッチした瞬間に、驚くほど簡単に世界はコロンと変わるのではないだろうか、という妄想をすることがある。

引用:イバヤ通信

 

↑↑イバヤ通信の坂爪さんの言葉はなんだかとても心にしみる説得力と共感性があります。きっと皆が心のどこかでは分かっている、感じているけれどでも伝えきれない思いをうまく言葉にする事が上手な人で、説得力があるのはそれが彼の生き方、生き様に自分への嘘がないからなのかなと思う。

 

 ここにはナスがすごく余っている(笑)誰かいりませんか?貰い手が出る前になくなっちゃうかもですが。

今日はナスをゴロゴロたくさん入れた、水を一滴も使わないトマトカレー。ナスもトマトも貰い物!

心から感謝です!